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2022年10月7日金曜日

アメリカ滞在3ヶ月から帰国


帰国して1週間が経った。季節はすっかり変わり、ここ数日は12月並みの気温となる所もあるそうな。。

行くたびに時差ボケがひどくなり、今回は日常に戻るのに時間を要した。

3ヶ月のSan Diego滞在を整理していこうと思う。日本での夫婦2人ののんびり生活とは対局にあるSan Diegoでの3ヶ月。ぼちぼち写真を見ながらの備忘録作り。まとめておかないと、みーんな忘れてしまいそうで怖い。

7月5日 成田からSan Diegoへ

1、Marylandに住む娘一家の引っ越し

2、次男のSeattleへの引っ越し

3、孫2、2歳の誕生日

4、3人目の孫誕生

5、San DiegoからSeattleへ。海岸線を北上ドライブの旅。

6、孫1、4歳の誕生日

9月29日 帰国

2022年7月23日土曜日

引っ越し家族

7月17日 次男がシアトルに引っ越して行った。





物価高騰の折、引っ越し業者もU–Haulも使わずに、最近手に入れた車に必要な品だけ載せて、大型犬Kodaとシャイな猫Jackと共に出て行った。車はこれ以上はジャケット一枚入りません状態だった。

シアトルまではおよそ2000km、最速で18時間のドライブになる。初日はカリフォルニア北の州境に近い町Redding泊の予定で、10時間の過酷ドライブだった。親としては、ただただ事故なく無事にシアトルに行き着く事だけを願ってた。19日無事到着。

7月22日。8日に出した娘一家の荷物がやっと着いた。

私たちが同じ東海岸のバージニアからカリフォルニアに引っ越しした際には、1週間程度で到着の日もはっきりしていたので、何事も計画しやすかった。が、今まだCovid (T . T)そしてガソリンの高騰(T . T)とあって、業者の到着日程は1〜2週間とはっきりせず、娘一家は11日間何もない家でキャンプのような生活を強いられる事となった。


大型トレーラーが来た昨日22日 爺婆は慣れぬ孫たちの世話(予行練習はしたけど)と、箱開けを少しでもと奮闘した。





日本で爺婆2人のんびりまったりの生活から、アメリカに来ると一気にフル回転の私たち。言語も違うし、食べ物も違うし、何より若者、子供のいる生活。かなりのエネルギーが必要となる。それでも日中でも20度程度の爽やか気候の中だから、なんとかやっていけるのかも。

それにしても引っ越し一家だなぁ。

2022年7月20日水曜日

日本の白物家電はどこ行った?





娘一家のSD引っ越し入居準備に追われる中、家の冷蔵庫がついに替え時になってしまった。次男の引っ越し荷物も山積みである。何故にいつもこうバタバタといろんな事が起こるんだろ?!

冷蔵庫を見て回った。アメリカ在住時代には洗濯機 乾燥機 冷凍冷蔵庫TV売場の半分近くを日本製が並んでいた(と思う)。それが今や、一社も、一台も日本製がない。あるのは、韓国のSamsung, LGとアメリカの Whirlpool, GE, Frigidaireだけであった。日本家電の著しい撤退は知ってはいたものの、日本製は影さえも見えないって、やはり悲しいな。

でも、ドイツ製や中国製もなくなってる。

動画は、狭い門を 神業のようにすり抜ける配達員。

2022年7月17日日曜日

San Diegoにようこそ

2月 メリーランドに住む娘一家が、突然San Diegoに引っ越したいと言い出した。1月訪れたSan Diegoがあまりに素晴らしかったらしい。彼らの決意は堅く、職場の移動、家探し、その他数々のハードルを超え、晴れて7月San Diegoに引っ越しする運びとなった。娘は現在3人目を妊娠中。上には3歳と1歳の子供がいる。私の経験した引っ越しも大変だったけれど、臨月間近の東海岸から西海岸への引っ越しは想像を絶する大変さ。超難題続きの引っ越しとなった。

7月5日 私たち爺婆はSan Diegoへ渡米した

7月7日 Stitch (犬)到着※コロナ禍で飛行機での輸送ができなかった


7月11日 娘一家San Diegoに到着。彼らの家でファミリーディナー。





7月15日 家でファミリーディナー。


7月16日 ファミリーでビーチ&ランチ






明日7月17日 次男がシアトルに引っ越す。

我々の人生も色々あっち行ったりこっち行ったりだったけど、我が家の者たちもどうも1箇所に落ち着かないようだ。

2022年5月8日日曜日

頑張ってる車たち


アメリカから帰国して1週間が過ぎた。今回は帰国後の自主隔離期間なく、監視の電話や存在地チェックもなかったので、助かった。しかし成田空港の水際対策は、前回よりもだいぶ改善は見られるものの、疑問に思う事が多い。

田舎に住んでいると、車は必要不可欠で、これはアメリカ生活と変わらない。




私たちがサンノゼに住んでいた11年前に乗っていた車が今も元気にアメリの地を走っている。メルセデスは2006年、Dakotaトラックは2000年購入の車だ。どちらも年は隠せないものもまだまだ走る。これは息子たちや夫の車に対する愛がなせる技。現在走行距離はメルセデスは145000マイル(約233000キロ)トラックは90000マイル(約145000キロ)である。

私たちがアメリカで過ごす時、車は絶対必要の交通手段。これからも、どうか元気にいてくれ〜

2022年4月29日金曜日

Joshua Tree National Park


アメリカの国立公園Joshua Tree National Park は、1994年国立公園に制定された日本ではあまり馴染みのないアメリカ国立公園かもしれない。

サンディエゴの北東にあり、家から2時間半ほどの所に位置する。私たちには行きやすい国立公園である。

前回訪れたのは20年前だろうか。あまり記憶に残るものない。そして今回は一泊二日の夫婦だけの旅。

前回何故何も心に残らなかったんだろうか。。心に残らないはずのない印象的な景色の連続。

Joshua Tree の個性的ないでたち。奇岩。砂漠。広い空。サボテン。。どれもこれもが素晴らしいの一言に尽きる。

























2022年4月26日火曜日

帰国から11年


サンディエゴに来て1ヶ月が過ぎた。サンディエゴに留まりながらも今回も色々と経験する羽目になった。諸々の経験話はさておき、11年という年月を大いに思い知らされた滞在になった事は間違いない。ここに少し書き留めておこう。


1、物価高

アメリカの物価高騰の話は聞いていたけれど、ここまでの物価高とは思わなかった。アメリカのガソリン平均は1ガロン5ドル位(約3.7リットル640円)は、日本より少し高い位かな。サンディエゴはこれより1ドル近く高い。

アメリカの暮らしは車なしでは成り立たない。毎日高速ばんばん長距離ガンガン大量のガソリンを消費する生活で、ガス代の値上がりは生活を直撃する。

価格高騰はウクライナ侵攻によるところも大きいが、全ての飲食、生活用品、地価、、、全てが私の知るアメリカでは既にない。家賃も水道光熱費も軒並みアップ。それに伴って、収入も急激にアップしているのが救いか、これは日本とは違う所。因みに外食時のチップは、20%が普通で昼食も15%では少ない気もしたりする(T . T)チップ慣習に未だに慣れぬ私。



2、服

ここはサンディエゴ。西海岸メキシコ国境沿い南国の街である。高級レストラン等でなければ、老若男女皆短パン、スパッツ、Tシャツ、胸だし、。腹出し、なんでもござれな感じである。ってわけで、こちらも日本から持ってくるのは日本ではあまり着られない服になる(お休みしてるヨガ服便利;)←長く暮らしたサンノゼでは、気候も異なりそれほどバケーション着(とでも言おうか)は着ない。








3、食事

息子たちは、日常日本食をほとんど食べていない( ;  ; )

アジア人が多く住むカリフォルニア。サンディエゴには日系スーパーはニジヤ、マルカイ、ヤオハンがある。その他韓国系、中国系の店も多く、当たり前の日本食乾物等は手に入る。しかし魚は鮭、虹鱒、鱈、ナマズ、ティラピア、鯖、イカ、エビが、さほど苦労せずに買える魚でその他はかなり冒険である。肉は安くて美味しいと思うけれど、日本の肉とは異なる。野菜果物は全く違う。栃木の田舎で常に新鮮野菜を求めてきた身としては、結構厳しいものがある。

魚も肉も、濃い味付けがよく似合う。必然、日本食より、メキシカンやアメリカン、中華食となるってところか。。日本食料理は面倒とも言える?

我が家の母ちゃん食堂は、この1ヶ月せっせと日本食を提供し、息子達が喜んで食べてくれたのは嬉しい限り。日本から持って来た食材はほぼ使い切った。





4、年齢

我が家の末っ子である次男も30歳となった。皆さんもお子達が30を越すとそう感じるのだろうか、あまりにあっという間の末っ子30歳である。そして我々は一気に60路を駆け上がる。日本語の単語も出てこない脳の衰えで、英単語が思い出せないのは当然と言えるでしょう。

大学を卒業してから「獣医になる」と言って、再び受験体制に入った次男。6月インターンを終え、シアトルに引っ越す。息子のスクラブについたネームタグに胸を熱くした。よく頑張ったと改めて思う。





5、お喋り好きは変わらず

アメリカ人は、兎にも角にもお喋り好きと思う。いつでも陽気に声をかけ合い、冗談を言う。そして音量はおおかた大(^^)

昨年の訪米やっとコロナが収まって来た時には、Helloの挨拶も憚れる雰囲気となった。しかし今年はマスクも取って従来のアメリカ人気質に戻ったように感じられる。ホントアメリカの人たち、よく喋る〜〜。

6、運転

夫と一緒にアメリカに来るようになって、私は一切アメリカで運転しなくなった。一応免許は更新して、乗れと言われれば乗れるはず?!しかしここ数年でアメリカ、ここサンディエゴはスピード運転の車ばかりになった気がする。

サンディエゴの街は急勾配、カーブも多くさらに見通しの利かない高速道路そして合流が多く、運転はまるでカーレースのよう。以前はロサンゼルスの運転の荒さを感じていたけれど、今や全米どこもこんな状態?怖い怖い。

7、転機

どうやら我が家は引っ越し好きのようだ。3人の子供たちそれぞれが転換期を迎えてる。

もうすぐ帰国。そして我々はまたすぐ来る予定だ。