2011年9月23日金曜日

2011/9

性格診断

2011年09月23日11:56
性格って人それぞれだなあ~ってつくづく思う。
そして年を追うごとに、その性格は色濃くなって、かたくなになってきたような気がする。年を取って丸くなったなんて言葉はよく聞くけどね。

長男が正にこれが自分という結果が出たと教えてくれた性格診断は興味深い。
http://www.humanmetrics.com/cgi-win/jtypes2.asp(英語72問)

そして長男は「お父さんもマイ性格型と同じ結果が出ると思うよ。」とも言った。
ハハハ、よくわかってる。
最近富みに性格が夫に酷似してきた長男。日に日にさらに似てくるので、正直驚いていた所だった。
この診断テストMBTI(Myers-Briggs Type Indicator)はユング心理学説に基づいて作られた心理テストである。現在24か国語に翻訳され、多くの企業を始めさまざまな形で広く利用されている。
(実際、娘が大学を受験する際にも受けた。また夫の会社でも受けるチャンスがあったとか・・)

興味津々、夫と私は診断テストを受けた。
ありゃりゃ、ホントに夫と長男は同じだわ!16パターンしかないので、それほどびっくりでもないかしら?いやいや、やっぱり全く同じというのはすごいよね。こりゃ、息子も苦労するぞー(笑)。

娘や次男もこの診断テストを受け、しばし私たちは性格談義で盛り上がった。
まだ受けてない方、どうぞお試しあれ。結構面白い結果が出ますよ。

http://www.seikakushindan.info/(日本語・簡易テスト)
http://www5.big.or.jp/~seraph/zero/mbti.cgi(日本語72問)


Mottainai

2011年09月26日19:09
ノーベル平和賞を受賞し、もったいない運動を推進してきたケニアの環境保護活動家のワンガリ・マータイさんが亡くなった。

祖母や母がよく言っていた『もったいない』という言葉。昔は二人が何でもかんでももったいないって、しまい込んでおくのが嫌だった。
そうは言っても、勿体ないと叩き込まれた私は、なかなか物が捨てられない性分となった。

聞けば『もったいない』とは、『物の本来あるべき姿がなくなるのを惜しみ、嘆く気持ち』だとか・・。仏教用語の物体から来ているらしい。

もったいない運動。アメリカで今も続けられているようだ。
http://www.youtube.com/watch?v=TrMLqbxL0E0

アメリカのWaste(浪費)文化。これはどうしても受け入れられなかった事の一つだが、こんな運動をしている日系人がいたんだ~!


へんな夢

2011年09月27日10:53
こんな事を書いたら、又おかしな奴だと思われてしまうかな?と、思いつつ忘れない内に書き留めます。

おかしな夢を見た。しかし画面も鮮明で、夢の中であれこれ考えすべてを認識しているような夢だった。
私には何故か3人の息子と1人の娘がいるという設定だった。そして夢はその3番目の息子の話である。
家の中の風景、ティーンエイジャー特有の突然いっぱしの理論を展開する三男がいた。というか、実際には話してはいないが、勝手な態度がそれを物語っていた。そんな彼に大きな問題がふりかかった。行く末を決める決断をしなくてはならない。答えを私に求め、ひたすら私の後を追い、何も言わず私を見つめるまん丸の目が<どうしたらいいの?>と助けを求めてる。しかし決めるのは自分だ。私は何も答えなかった。
私<何でこの子は、自分で自分の道を決められないのだろう?娘はもちろん、H男(長男)もK男(次男)だって少しずつ自分で考え歩き始めたのに・・・。同じように育てたのに、、、何で?何で?何で~?>
夢の中の私は自分に4人の子供がある事に何の疑いも持っていなかった。

どんな風に夢が終わったのかわからない。
しかし何故かとてもリアルで、切迫した感情が残り、翌朝すぐに夫に話した。

夫は言った「ははぁ~、その三男はテディーだな。」

う!そうだ。そうに違いない。あまりの新事実に愕然とする私(ホントかいな?)。
テディーと私は相思相愛などと、人様にバカげた事を言っている場合ではない。
私が仕事を始めたので留守番の時間がずいぶんと長くなったテディーだけど、もっともっと自立できるようにしなくては・・なのか?
いやいや、自立しなくてはならないのは、私の方?!
おお、大きな問題が隠されていたのね。
成犬の1年は人間の4~5年。どんどん年を重ねてしまう。つらい。


ついに、運転免許取得!

2011年10月03日11:44
帰国して約11か月。やっと日本の自動車免許を手に入れた。
間が悪かったと言ってしまえばそれまでだけど、長い長~いその工程を記録します。
今日の日記も長くなりそう。。。

海外滞在で日本の運転免許失効の手続きは、
『免許証の有効期間が過ぎて3年以内の場合は、帰国後1ヶ月以内に試験場で申請すれば、学科、技能試験が免除される。1ヶ月を過ぎてしまうと、何と、一からやり直し!3年をすぎた場合は、一部試験(学科試験)を受けることになる。』

こういう決め事があるのを知らず、昨年10月中旬帰国した私はあっという間に1か月を過ごしてしまった。私の日本免許は失効からすでに12年以上。試験がいやで敢えて先送りにしていたような気もするけど、とにかく時は容赦なく過ぎていった。

国際免許で運転をしていた私だが、年が明けてそろそろ正式な日本の免許を取らなくてはと重い腰を上げた。しかしもう帰国から1か月の規定はとうに過ぎてる。それなら外国免許からの書き換えの手続きをしようか。。。
ああ、どっちにしても免許センターは鹿沼。遠いなあ~。いやだなあ~。試験。たいへんそうとか、思っているだけで月日は瞬く間に流れていく。
必要書類の準備にかかった。
まずはアメリカの免許は、っと。。。。おっと、もうすぐ切れてしまうではないか。5年ごとの書き換えが今年だったのか。
いつものように、オンラインで更新の手続きをしようと思った。ありゃ!すでに2回オンラインで更新しているので今回はDMVでのみ手続き可能と記載されてるではないか。おおお、参った。
アメリカに行かなくちゃアメリカの免許も失ってしまう。
外国免許からの書き換えは有効期限内の免許があるのが条件。これじゃ日本の免許はおろか、アメリカの免許もないって事じゃん。となると、国際免許も無効?!無免許運転?!
いやいや、参った。

他に方法はないものかと、あちこち問い合わせを入れてみたけど、どうやら最初から始めなくちゃならないみたい。今更教習所通い?やめてよ、40万円くらいかかっちゃう。それじゃ一発試験に臨む?絶対無理。奈落の底に落とされた気分になった。
それにしても何で5年に一回の更新が今年なのよ。おまけにオンラン手続きできないなんて不運だわ~。

仕方がないので、まずはアメリカで免許更新をするしかないと、7月のアメリカ行きに望みを託した。7月、アメリカのDMVでは免許切れから半年近く経っているにも関わらず、手続きはいとも簡単に、免許切れの理由も聞かれず、全く通常の更新と同じように免許更新ができてしまった。いいね~、アメリカのこのいい加減さ(?!)が実にいい(笑)。
その日は仮のプリントアウトされた免許証をもらった。正式な免許はSDの家に送付になる。さらにDMVではカリフォルニア免許ヒストリーも作成してもらった。ついでに念のため、AAA(アメリカのJAF)で国際免許も改めて作った。
ここまでは順調。これで8月娘の帰国時に送られているはずの本免許を持ってきてもらえば、何とか手続きはできるはず。

9月、娘に持ってきてもらったカリフォルニア免許の日本語訳を作りにJAFに行った。住民票も取った。
すべて書類を抱え、免許センターに行った。帰国して10か月、多少運転慣れしたので、自分でドライブして鹿沼の免許センターまで行く自信ができていたのは良かった。

外国免許からの受付は1時から2時。少し早めに行ったのだけど、大混雑でかなり待たされた。外国免許からの書き換えはほとんど外国人。いろんな国の免許等の確認をするので、一人あたりの時間がべらぼうにかかる。

免許センターの係員はとても親切な人だった。一つ一つ丁寧に書類をチェックしていたが、私は文句ないでしょって気持ちだった。しかし、、、
そうは問屋が卸さなかった。カリフォルニアで出してもらった運転履歴では、充分でないと指摘されたのだ。外国免許からの書き換えではその外国免許で少なくとも3か月間運転していた事が証明されないといけないのだが、私の免許発行は7月で発行から3か月満たない。その事は知っていたからわざわざDMVで運転履歴をもらって来たのだが、その履歴情報では不十分だとはあんまりだ。確かにその記録にはバージニアに引っ越す前のカリフォルニアの住所が載っているけど、それしか出ないんだから仕方ないじゃん。しかし、免許センターでは本人である確認が取れないと説明して、私の言い分は聞いてくれない。あああ、そもそも引っ越し続きでコロコロ住所が変わっているのが、いけないのよね。でもね~でもね、苦労して何州にもまたいで免許を取ってたのよ。ホントにカリフォルニアを出たり入ったりしたのよ!アメリカで16年間も運転してきたのに、たった3か月間の運転さえ証明されないなんて、ひどすぎる。ああ、可哀そうな私。苦労もなにも、記載されずでは何にも証明できないよ。

何とかならないか、ひたすら知恵を求めた。「有効期限の切れた免許書、有効期限の切れたパスポート全部持ってきてください。」
家の中を探しまくった。何でこんなに書類がぐちゃぐちゃなんだ~!我を呪った。そんな事言っても、アメリカに残してきた書類もあるし、たいへんなのよ~!自分で自分に言い訳しつつ必死になって探した。全くもぉ~。きちんと整理しておけよ。自分にまた腹が立った。
サンディエゴの息子にもデスクを探してくれと依頼メールを出した。

見つけた。何枚かの古い免許証。これでどうかと、担当してくれた係員に電話した。発効日、有効期限等をチェックされた。
また不具合が出た。切り替え時でない時が発効日になってる。「何故その日付になってるかかが証明されないとダメですね。」うそ~~~。もう。。。。
思い出した。その頃ミニのガラスが割られ、バッグが盗まれた事件があった。その時に新しく免許書を再発行してもらったんだ!そうだ、そうだ。。。。何でこうもいろいろあるんだよぉん?!

次の日私は朝から気合が入っていた。面談申し込みに朝9時から免許センターに出かけ行った。面談は1時開始なのでいったん家に戻り、昼過ぎ試験を受ける覚悟で再び免許センターに向かった。古い免許・パスポート、ミクシイ日記も含め、事故の資料となんでもかんでも見せられるように準備万端だった。
一つ一つパスポートを確認する係員。何でそこまでやるの~?決して怪しい者ではございませんが・・。連日お付き合いいただいてる若い係員はどこまでも感じが良く、私のつまらんジョークにも反応してくれた。

そしてついに係員が言った。「これで大丈夫です。免許が再発行になります。良かったですね(笑)。」
やった~~~!
とりあえず、教習所には通わなくて良さそうだ。問題は試験。外国免許からの書き換えの実地試験はとにかく難しいらしく、その日も先日来た時も本日の合格者は無しと放送されていた。実際友人も何回も落とされ結局教習所で講習を受けたそう。
まだまだ気を引き締めて事に当たらねば。。。この後が勝負だぞ。

と思っていたら、「では目の検査をしましょう。それと手数料が4500円かかってしまいますが、よろしいですか?」と言われた。
え???もう免許発行になっちゃうの???何の試験もなし???
私「あ、あ、ありがとうございます。はい。いくらでもお支払します。」

と言うわけで、最終的にはは棚ぼたというかわけのわからん形で免許が取れてしまった。失効後12年。帰国後10か月を過ぎて試験なしの再発行とは、これいかに?
止む終えぬ事情での免許失効という手続きにしてくれたのかな?それにしても筆記試験も実地試験も無しとは超ラッキー!!これってもしかして粘り勝ち?

もう天にも昇る気持ち。いかんいかん、帰りの道も安全運転に気をつけねば。
浮かれていてはいけません。少し日本の道にも慣れてきた今が危ないよね。

いやあ、長い道のりだった~。
こんな時は誰かと祝杯をあげたいけれど、途中一人酒を飲むわけにもいかずシュークリームなんぞ買って帰った私でした。

ととると(*´ω`*)♪2011年10月03日 13:38
うわぁぁぁあせあせ(飛び散る汗)あせあせ(飛び散る汗)あせあせ(飛び散る汗)
大変な道のりあせあせ(飛び散る汗)

お疲れ様でしたがまん顔がまん顔がまん顔

でも1から教習所よりはよかったのかな

祝杯いつでもお付き合いしますよハート←もうだいぶたっちゃったけど(笑)

kame32011年10月03日 16:52
とも@全力エプロンさん

ありがとう!
教本もお借りしてて、きちんとご挨拶できずにすみません。
でも本当にほっとしたよ~。日が経つほどに免許どうするんだと、どんどん心に重くのしかかっていたからね。
で、実際取れたら日本免許を持ったというだけで、運転がうまくなってきたような気がして、どこでも行けるぞ気分になっている自分が怖い。

anton2011年10月06日 00:28
ただ読んでいるだけのこちらまで、げっそりしそう。
無事交付されてよかった、よかった。

それにしてもそこまでの面倒な流れにしては、え、実地も筆記もしなくていいの?って、ちょっとあっけにとられちゃうわよね。
でも、とにかくお疲れ様でした。

だんだんと近づいてくる。ふふふ。

kame32011年10月06日 06:55
antonさん

良くも悪くも、物事はこちらの予測通りには進まないもんですね~。今思い返しても、どうやらあまり膨大な資料に、係員はわけがわからなくなってしまったのではと推察してる。でも取った者勝ち、もう離さないぞ~。

暑さを避けてたけど、今度はあまり寒くならないといいなって思ってる。すっかり季節が変わってしまったね。