2021年8月26日木曜日

パラリンピックのこの時に(・・;)

足首骨折から8年。骨のつき具合には問題なかったけれど、足裏〜腰まで常に痛くて医者を求めて三千里。探し回った整形外科や整骨院は数知れずだ。そしてついにこの春この先生なら!という足専門のスポーツ整形医に出会えた。痛みは靭帯損傷と軟骨内部の損傷によるものとの診断がついた。そして本日靭帯再建手術と軟骨の治療をした。コロナ禍で迷った末の決断だった。

世の中、奇しくもパラリンピックも始まってる。


2021年8月21日土曜日

悶々と

明るい話題を書きたいけれど、なかなかトピックが見つからない。

夫は近所のPCR検査のお手伝いを始めた。もう働かない宣言をしていた彼だったけれど、急募の条件が「ワクチン接種済み、通勤時間が短い、医療の資格問わず」そして同居の子供も年寄りも居ないし(本人と配偶者は年寄りだけど(・・;)、時間はある夫、、早速名乗りを挙げた。仕事は日に日に忙しくなり、半日だった勤務が一日となった。検査を受けたい人は毎日長蛇の列となるらしい。ネットや電話で予約接種にも関わらずだ。ほんの検査受付のお手伝いでも見えてくる人々の戸惑いや叫び…。

一年前、スンナ派、シーヤ派とか検査の是非を問う話題が多かったけれど、やはりしたい時にすぐできる検査(一人残らずの意味ではない)の抑制、体制作りをしてこなかったのは失政と思う。現政権の失敗はそれだけではないが…。

政治的な話は、人それぞれ考えも違うと承知している。だから今、私はとにかく次の選挙に出来るだけ多くの人に行って欲しい。若者が投票所に足を運び、選挙率が上がって、少しでも人々の思いが反映する政権の誕生をと切に願う。

アメリカに住む子供達に在外選挙をして欲しいと言った。しかし在外選挙は前もって(2ヶ月前!)に領事館に赴き選挙登録をしなくてはならず、簡単に選挙に参加できない。恥かしい話だが、かく言う私も20年以上の海外生活では一度も投票してこなかった。

外出が憚れる今、日本国内で、アメリカの大統領選でも話題になった郵便投票は考えられないのだろうか?

悶々と暮らす日々。

この悶々なんて甘い言葉も出てこない自宅でコロナと闘っている人達がいる。そして手当てをしたくても受け入れる事も出来ずで悲痛な思いを抱えながらひたすら目の前の瀕死の病人達に処方や介助、お世話をしているドクターや看護婦、検査技師の人達。彼らの心も体も今にも壊れてしまいそうだ。仕事を失われ、生活困窮の人々の存在も忘れてはならない。

今私達に出来る事は何だろ?

今一度考えようと思う。

2021年8月3日火曜日

7月31日、8月1日


7月31日、娘の長男の1歳の誕生日。娘の2人目の子供。私達にとっては2人目の孫である。あっという間に1歳になってしまったようだけれど、コロナ禍の出産育児は本当に大変な毎日だった様子である。おそらく世界中それぞれの状況下で、場面は違えど、それぞれに過酷で孤独で、厳しい子育てをしている若夫婦がいっぱいいるのだろうと想像している。そんな中、ありがたい事に子供たちは元気に素直にスクスクと成長した。



私達は6月初めから3週間娘の家で孫たちと寝食を共に過ごし、彼らの日常にどっぷり触れる事ができた。いやぁー、子供ってこんなにもエネルギッシュなものだったっけ?

6月、ヨタヨタと伝い歩きが始まっていた孫は、あっという間に独り立ちし、

私達の滞在中に歩き始めた。その足取りはまだまだ不安定だったけれど、瞬時に見せる(あの時にしか見る事ができない)二足歩行ができた孫の嬉しそうな表情を傍らで直に見られたのは超ラッキーと言えそうだ。





私達が去った後、孫はさらに瞬く間に歩きが達者になって、1歳の誕生日を迎えた。お友達も集まった孫の誕生日パーティでは、一升餅を背負って歩きもできた。天晴れ!元気に喜びに満ちた日々を過ごしてくれと心から祈る。

8月1日 娘の6年目の結婚記念日。

この6年間もまた本当にいろんな事があった。娘の夫が倒れ生死を彷徨った。生還して子供が2人産まれ、家族4人が生活が板についた娘一家。すっかりアメリカ東海岸メリーランドが自分の地となったようだ。

1日はテディの誕生日でもある。去年の17歳の誕生日にケーキをガツガツ食べてたのを思い出す。会いたい。でもきっと逝けて良かったんだよね。

夢でいいから、出てきて欲しい。

月日は流れる。

今のこの息苦しい生活も、じき終わる。

孫たちの成長に、元気付けられる毎日だ。