その1
昨年San Mateoの病院で健康診断をした関係で、今年もマンモの検査はSan MateoのPeninsula Mammography and Radiology Servicesで行いました。そして再度マンモを撮るように薦められ、再マンモチェック。2回目のこの日はすぐにドクターがフィルムをチェックしてくれました。
ドクターは、フィルムをみて「○○○○で○○○○なので、○○○○が○○で○○○です。Biopsy(生体組織検査)をして下さい。○○なのでUltrasound(超音波診断)は必要ないでしょう。」と言いました。当然のごとく何ともないと自信を持っていたからでしょうか、ドクターの言葉が全然わかりません。「???」ドクターはもう一度繰り返しました。しかしやっぱり何を言ってるのかわかりませんでした。こんなにも相手の言ってることが理解できなかったのは、久しぶり。目が点になってしまいました。ドクターも悲しそうな表情で目が点になっていました(泣)。
とりあえず、Biopsy(生体検査)は受けなくてはいけないのはわかりましたが、
癌の疑いと英語力のなさに打ちのめされて、その日は検査の予約を取らずに自宅に戻りました。
San Mateoの病院までは自宅から1時間以上かかります。病院を変える事にしました。ホームドクター(Dr. K)に連絡、Mountain ViewにあるEl Camono HospitalのBreast Care Centerで検査が受けられるように紹介状を書いてもらいました。
Dr. Kの紹介状と、取り寄せたフィルムを持ってBrast Centerへ。生検前の注意事項等を聞き、検査日が決まりました。
この生検は、Stereotactic Breast Biopsy(ステレオガイド下吸引式針生検)です。ステレオ撮影のマンモ画像で石灰化している怪しげな部分を確認しながら、針を刺して細胞を採取します。
退会したユーザー2010年04月05日 12:09
母国語で、医療用語を並べられても混乱する私はアメリカで受診することは、完全に不可能ですな。。げっそり
健康診断で、一度だけマンモ検査したことありますが、ナイ胸を無理やりひっぱられて、とっても痛かったですふらふら
kame32010年04月05日 14:47
holoholoさん
おっとぉ~、holoholoさんもナイ胸の口でしたか・・・。
マンモって、我々には屈辱的な検査だと思いませんか~?それ胸?っていう所から引っ張ってきて思いきり挟んでくれる。この気持ち、大きなサイズが多いアメリカなので、多少ひがみも入ってるかも。
その2
どんな針生検になるのか、ドキドキしながらBreast Care Centerに向かいました。
検査技師の女性から、検査の説明を受けました。不安げな私にどこまでも優しく話してくれる彼女に心が和みます。
薬に対するアレルギーの有無を聞かれ、歯医者で麻酔を打った直後具合が悪くなった事を話しました。すると、彼女は「epinephrineは麻酔に入れないようにします。」と言いました。eponephrine?後から調べたら、これはアドレナリンと同義語でした。アドレナリンは血中に放出されると心拍数や血圧を上げる作用と共に出血抑制の効果があり、麻酔薬に入ってる事が多いようです。
話を終えていよいよ検査室へ行きました。彼女のコレクションCDから好きな物を私が選び、ミュージックオン。懐かしのサイモンとガーファンクルの曲が流れます。そして私はベッドにうつぶせ寝の姿勢になります。心地よくはありませんが、温められた毛布で足元は暖かです。
ベッドに開いた穴から、問題の乳房(私は右)を出すようになっていて、再びマンモ撮影。放射線科のDr. Jも来て針生検開始です。
麻酔を打ちマンモで確認しながらの細胞を採取する針生検は、1時間弱で終わりました。採取のあとは、どこから取ったか明らかにしておく為に、クリップをつけたそうです。このクリップが後で有効になります。クリップ確認のマンモをもう一枚撮って、検査は終了しました。
思ったより痛い針生検でしたが、無事終わってほっとしました。検査後の諸注意を聞き、氷で患部を冷やしながら、自分でドライブ家路につきました。その日は痛み止めを数回飲みましたが、翌日にはずいぶん痛みは治まりました。だけれど、すっごい痣。おっぱいの半分以上が真っ青になっていました。あんまりすごいので、誰かに見せたくて仕方がなかったです。家には息子しかいないしねぇ~。
この検査は、はっきりとした自覚症状やしこりのないタイプで、マンモで石灰化が発見された場合に多く用いられる検査です。私としては何の自覚症状・しこりもなく、癌ができるような大きな胸も持ち合わせていないのにと、なんともやりきれない気持ちで検査を受けました。
検査の結果が出たのは、3日後でした。主治医のDr. Kから「病理学のレポートが出ました。針生検からはがん細胞は見つかりませんでしたが、癌との関わりが考えられる奇形の細胞が見つかったので、さらに大きく組織を採取して検査をしましょう」と癌専門外科医のDr. Sの診察を受けるように言われました。
退会したユーザー2010年04月06日 08:06
とゆうことは再度、針生検をしたのでしょうかexclamation & question
アザが出来るくらいですから、相当痛かったでしょうに涙
女性技師さんが親切な方で良かったですねわーい(嬉しい顔)
kame32010年04月06日 12:43
お次は外科的生検だったのです。で、あくまでも検査かと思っていたら、いつ間にか言葉も手術に変わっていて・・・。結構おおごとな検査と相成りました。
ホントすごく優しい技師さんで救われました。彼女は7年前に乳がんを患ったそうで、患者の気持ちもよくわかっていて、とても親身になってくれました。
その3
サロンのような所で、癌専門の外科医Dr. Sの診察を受けました。
病理学のレポートに書かれていた事をわかりやすく説明してくれました。レポートはまるで知らない専門用語ばかりで、生物学を学んでる息子達にも見なれぬ単語の羅列だとか・・。
ドクターの説明によると、
「針生検で採取した部位から奇形の細胞が見つかった。その細胞は癌との繋がりがしばしばある。そこで今度は石灰化した部位を大きく摘出し、癌細胞の有無を調べる。癌である確立は3分の1から4分の1。たとえ癌が見つかっても低いグレードのductal carcinoma(DCIS非浸潤性乳がん)なので、完治可能で心配はいらない。手術は1時間ほどで終わる。針生検よりずっと楽だと思う。このままほおっておくと数年後癌化もしくは大きくなる可能性もあるが、実際にはなるかどうかはわからない。」
基本的に疑わしい物は、取り除くという考えですね。
「切り取っちゃって大丈夫と心配するけれど、切り取る部分はほんの少しだし、切り取った部分に液も注入するので、バストの形にほとんど変化はない。」
ふむ、説明を聞いて検査を拒否するという選択肢は私にはなく、検査手術を受ける事にしました。
来院していた人たちはほとんど夫婦連れ。ドクターからの説明を聞いて夫婦で考え答えるのでしょう。。。少し寂しく感じました。
手術の前に、心電図をチェックするように言われ不整脈が出ましたが、手術は予定通り行われる事になりました。
ちなみに、ここまで来るのに、ホームドクター→放射線医→病理学医→ホームドクター→外科医→心臓学医と専門医が関わっています。
そして、放射線と外科のドクターは30~40代のインド人女性。インド人の医者はここシリコンバレーでは多く見られますが、女性の活躍も目覚しいです。
退会したユーザー2010年04月07日 14:58
検査手術といえども、手術に変わりないわけですから、さぞ心細かった事でしょう。
つい最近の事、不安な気持ちで一杯になり、泣いて主人に電話しました泣き顔 普段、離れて暮らしている事が当たり前になり、それなりに快適に(?)ウッシッシ生活していましたが、何かあった時は頼りたくなる存在なんだと気付かされましたわーい(嬉しい顔)
kame32010年04月08日 00:37
holoholoさん
不安な気持ちは、落ち着かれましたでしょうか?
サロンのような待合室で、肩を並べ順番を待つ夫婦達。女性(妻)の肩を抱きながらにこやかにドクターの話を聞く男性(夫)の姿を垣間見て、寂しいなあって思いました。手術当日の手術棟の待合ベッド室では、その思いは一層でした。
何かあると、話がしたい、顔が見たい、一緒にいたいって思うのが夫婦なのかもしれませんね。うちは、普段は・・・なんですが(笑)。
その4
手術の数日前、針生検の精算書が届きました。
何と、10,339ドル82セント。日本円でおよそ100万円です。配慮の行き届いた針生検でしたが、こんなに高いんでは外科的生検はいくらかかるのでしょう?保険はカバーする~?急に不安になりました。
手術当日(3月29日)
8時、長男の車で病院に行きました。
Surgery Centerでチェックインです。書類に目を通しながら支払いについて聞きました。今回の手術が保険でカバーされると確認できたので、手術決行です。
体のチェックと問診。待合ベッドに横になって待つように言われました。
車椅子でBreast Care Centerへ。何もしていないのに、まるで病人扱いです。何で車椅子で行く必要があるのでしょうか?病院服で車椅子に乗せられて、気分は完全に病人です。何だか目もうつろになってきたような・・。
再び、マンモ検査室でDr. Jが登場。麻酔後、針生検の時に入れたクリップを目印に、手術のための指針ビスを入れます。マンモ撮影で正しい位置にビスが入ってるかを確認してから、ビスにワイヤーを通します。これでDr. Jの作業はおしまい。施術後、おっぱいの下からびよ~んとワイヤーが飛び出ていました。このワイヤーをたどって、外科医Dr. Sは患部の切除をするそうです。
待合ベッドで、水分補給の点滴をつけてもらい、待機です。麻酔のドクターも体調確認に来ました。
狭い部屋には何人の手術待ちの人たちがいたのでしょう(カーテンで仕切られてはっきりとはわかりませんでした)。いろんな所から気分を和らげようとしているのでしょうか、楽しげな会話が聞こえてきます。私は一人、読書に励もうと努力してました(泣)。
12時半、いよいよ手術の時間となりました。キャップをかぶらされて、ベッドごと手術室に運ばれました。うわ~、テレビで見るような手術室とスタッフ達。ガチャガチャと器機をそろえる看護師さんたち。こりゃ完全に手術じゃん!と思ってまもなく、「では手術に入ります」と、マスクをかけられました。
2時、突然人の声が聞こえました。マスクをかけて数秒でしっかり眠ってしまったようです。「すべて終わりましたよ。」
全身麻酔って、スコンと寝てパッと目覚めるんですね。今考えるとその後、どうやって服を着たのか、どうやって手術室から出たのかとか、全く覚えていないです。麻酔って不思議で怖いですね~。
りんごジュースをもらってしばらく休んでいました。連絡を受けて長男が迎えに来てくれました。麻酔の影響か、寒くて震えてました。血圧が下がらず、点滴に降圧剤が幾度となく投与されましたが、その後帰宅の許可が出て、簡単な説明を看護師から受け自宅に戻りました。
とりあえず手術が終わってほっとしました。強い痛み止めも出してもらいましたが、それほどの痛みもなく過ぎました。
針生検と外科的生検。どっちが楽とはいえないです。
夜はソファーでひたすらゆっくり休養しました。子供たちが大きくなって、夕飯の支度をしなくても大丈夫。送り迎えも運転手もしてくれるようになって、アメリカでの初めての手術も無事終わりました。感謝!
その5
4月1日 乳がんなのだろうかと、必要以上に気に病んだつもりはないのだけれど、降圧剤を飲んでいるにもかかわらず血圧が高くめまい・不眠症状もひどくなったので、ホームドクターの診察を受けました。
診察室に現われたDr. Kは開口一番「検査の結果が来ましたよ。癌はなかったですよ。良かったですね~。」とあっさり。検査結果がその日出るとも知らずいきなりの事で、うれしいのはもちろんですが、贅沢な話ちょっと気が抜けてしまいました。
Dr. Kは、私の高血圧と不眠などの諸症状は、更年期にストレス、この乳がんの疑いでバランスが崩れちゃったのかなと言いました。この日は追加の降圧剤と睡眠薬の処方箋を出してもらいました。でも、薬漬けにはなりたくないので、しばらく睡眠薬は飲まずにいこうと思ってます。
4月5日 外科医Dr. Sの診察を受けました。傷の状態を見て抜糸をしました。傷跡は2センチ程度で、少し吊れるような痛みがあるだけになりました。胸の形は、、、微妙に変わったようです。でももう気にする年でもありません。
ドクターの説明では「針生検で見つかった物と同じ奇形の細胞が切り取った中にも見られましたが、がん細胞はありませんでした。奇形細胞が見つかっている事で、通常より癌になる確率は高くなるので、6ヶ月後にもう一度マンモを撮って私の診察を受けてください。そこで何もなければそれ以降はレギュラーの検診でOKです。」
こうして、乳がんの疑い騒動は一件落着。良かった良かったとなるはずが・・。
この診察の際の血圧測定で、188/90とまたまた高い血圧となってしまい、Dr. SはすぐにホームドクターDr. Kに診てもらえるように連絡を取ってくれました。Dr. Sは血圧の手術も受ける?なんて冗談も言っていましたが、この数値はほおって置けない数値のようです。
ああああ、薬を増やしているのになあ~~~。
Dr. Kの診察を受けました。
私は甲状腺や副腎の検査もして問題なしだそうで、やはり自律神経やホルモンのバランスがくずれているのかしら?
高血圧症の90%が原因のはっきりしない本態性高血圧だそうですが、私も本態性でしょうか。
私が今回追加された降圧剤は、カルシウム拮抗薬(Amlodipine)5mgです。今まで飲んでいるβ遮断薬(Metprolol 100mg)も引き続き飲む事になりました。
高血圧の皆さんは、どんなお薬を飲んでいますか?
一難去ってまた一難、めっきり健康に自信がなくなってしまったこの頃ですが、まずは癌の治療と言う事にならず本当にありがたい事でした。
今や2~3人に1人は癌になる時代。すっかり身近な病気になってしまいましたが、その分治る病気にもなっています。
今回の乳がん騒動では、再検になってからはベルトコンベアーに乗ってるように次から次と追いまくられての手術となりました。幸い私の場合は見つかっても初期と何回も言われていたのでさほど動揺もせず、また最終的にもうれしい結果になりました。
しかし乳がんだけをとってもいろいろなケースがあり、今日も多くの人が検査に一喜一憂している事でしょう。
私のお友達は14年前に乳がんで亡くなりました。32歳の若さでした。彼女が胸にしこりがあるんだってボソッと言った時の様子を今でもはっきり覚えています。当時1歳の子がいる彼女はまだおっぱいもあげていて医者に行くのを延ばし延ばしにしていました。何で私はあの時に無理にでも彼女を医者に連れて行かなかったかと今でも悔やまれます。
乳がん、私達の身近な病気です。ここアメリカでは乳がん撲滅キャンペーンが盛んに行われていますが、日本は地方自治体の乳がん検診があるんですね。積極的に行くようにしましょうね。
退会したユーザー2010年04月08日 15:58
乳がん疑いが、何でもなくて、本当によかったですexclamation ×2
血圧って、病院で測ると、高くなる事がある、って聞いたことあります。
おそらく、高かったらどうしよう!なんて、必要以上に心配した結果、
自宅で測る数値よりも、ぐ~んと高くなるのでしょうね。
定期的な乳がん検診の大切さを実感しました。
kame32010年04月09日 00:42
holoholoさん
ありがとうございます。やはり「ガンはなかったです。」と言われた時は、ほ~~っとしました。結果を聞くまでは、お次は何なんだろうか?治療は?とか、いろいろ考えてしまってました。
年齢的に体の変わり目である年代は、人生のターニングポイントの時期とも一致して、なかなか厳しい時期と言えそうですが、血圧・血糖値・コレステロール値、至って正常で丈夫だけが取り柄だったのに~と、自分を不甲斐なく思います。
定期的な検診と健康管理、それに心のバランスを保ちたいですね!
BOMKAME2010年04月12日 18:17
まずは一安心、良かったですね、
ところで一つお聞きしたいのですが
このシリーズは結論がでてから書かれたのですか?
それとも検査中からですか?
どちらにしても内にためずに公開できることに人間の大きさを感じます。
自分の糧にしたいです
kame32010年04月12日 23:55
BOKAMEさん
お久しぶりです。
思わせぶりなシリーズになってしまって、ごめんなさい。書いたのは最終結果が出てからです。
なんせ初めての経験で、忘れない内に記録しておきたいと記しました。次から次といろんな事があるし、記憶力もかなり怪しくなってるで、書かないと皆忘れてしまうんです(笑)。
0 件のコメント:
コメントを投稿