2021年4月20日火曜日

田舎料理


日本の古来の食材って、手にかかるものが多いな。下茹でしたり灰汁を取ったり、傷むのも早いし手早くチャチャッとしなくちゃね。栗ご飯もそうだわなぁ。

結婚して30年近く、筍を茹でた事も山菜料理を作った事もなかった。五十を過ぎての挑戦。今日はうどできんぴらと酢味噌和えを作った。

田舎の農村レストランには沢山のそうした副菜が数多く並ぶけれど、手間がかかってるんだね。手慣れてくると簡単なのかな?

2021年4月10日土曜日

パクチー三昧

先日お聞きしたパクチーを使っての料理を、いろいろ試してみました。

まだまだ食べ頃我が家のパクチー。そろそろ定番メキシカンといくかな。。

挑戦は続く…。









2021年4月1日木曜日

パクチーどう食べますか?


パクチーは別名コリアンダー、シャンツァイ、香菜。

パクチーは一年草のセリ科とあるけれど、このパクチー冬越ししたと思う。新芽は柔らかくとても美味しい。サラダ、サンドイッチ、メキシカンにベトナム料理。。。まだまだ食べ切れない。パクチー好きの方、お薦めレシピ教えて下さい。

2021年3月31日水曜日



桜の花に悲哀や郷愁というか、物悲しさを感じるようになったのはいつからだろうか。友人は「心が反映してるのかも?」って言った。娘は“the fleeting nature of it “ と表現した。

あと数日で散ってしまうであろう桜の花に、思わず手を合わせたくなる。最近手を合わせると心が落ち着く。

若い頃には思いもしないような感覚に驚くこの頃である。

@益子〜真岡

近場にこんなに素敵な所があった。

2021年3月29日月曜日

2021年3月28日日曜日

端午の節句


雛祭りが終わって、孫の初節句のお祝いに五月人形を見に行った。当初五月人形も埼玉県の岩槻の問屋街を歩こうと思っていた。しかしコロナ変異株の感染者も急増の時、今回は栃木県内の人形店を見て回る事にした。

回ったお店は鹿沼-大田原–那須烏山–真岡。途中道の駅「ろまんちっく村」や酒蔵「天鷹」にも立ち寄った。

それぞれ人形店ごとで、お節句に纏わるいろんな話が聞けた。

武士が台頭してくる鎌倉~室町時代になって、虫干しや手入れのために出された兜や鎧が、次第に端午の節句として身を守るためのお守りとして飾られるようになったとか。五月人形の兜や甲冑には、身を守ってくれる願いがこもっているようだ。

さて、4店舗それぞれかなりの時間をかけて見学し、私たちは何を手に入れようとしてるのか、おおかた見えて来た。

数十年前の田舎?では、着用鎧が人気だったらしく、その存在感は抜群である。アメリカの家に飾られた着用鎧は相当なインパクト。着用兜もある。これはちょっと面白い。ハロウィンで着たら人気者になれる?

最近の兜はそのほとんどが収納できるBOX付き。日本の家屋には最適と思われる。が、我が家はアメリカに送る。大きく重い兜はその送料が恐怖となる。

とまあ、ああだこうだ考えて決まった兜は、BOXなしのコンパクトな兜と相成った。

先日名入れの旗も仕上がって、娘の所に送れる準備が整った。今から宅急便で送れば間に合うかな。

31年前オランダで長男が産まれた時、母が息子に贈って(送って)くれた兜に亡き母の思いを今になって噛み締める。そして今私は亡き母がしたように、孫の健康を願って兜を贈る(送る)。

出産の手伝いに行く事もできず、早8ヶ月。早く会いたい。

さて鯉のぼりにはどんな意味が?









鯉のぼりは天の神様 そして地域に男の子が産まれた事を知らせる意味合いがあると言う。

鯉のぼりは江戸中期まで武者絵のぼりの付属品として登場していたらしい。武者絵のぼりの起源は「旗指物」武士の軍旗である。

栃木に引っ越して来て、家のすぐ近くを散歩中「武者絵のぼり」を見た。大きな泳ぐ鯉のぼりは田舎ではよく目にするけれど、民家にはためく武者絵のぼりを見たのは初めてだった。

節句飾りも決まった3月17日栃木県市貝町をサイクリングした。観音山梅の里から全国で唯一の武者絵資料館という大畑武者絵資料館まで足を伸ばした。大畑伝統武者絵は江戸時代から300年の歴史をもち、今は三代目大畑耕運氏が制作にあたっている。

2021年3月18日木曜日

10年という年月

昨秋 アメリカから帰国して10年が経った。我々の年齢だと、子供が結婚したり孫ができたりのおめでた事と、親や身内との永遠の別れの頃でも。。

帰国後すぐに買い揃えた白物家電 10年経過で最初におかしくなったのは冷蔵庫だった。冷凍庫がうまく冷えない。幸い冷蔵庫は使えていたし、冬期だったのであまり危機感はなかった。でも不自由。買い替えとなった。

3月に入り、洗濯機の排水がうまく機能しなくなった。夫がチェック修理しようとしたが、部品がなくてはどうしようも無い。出張修理部品交換で使えるようになった。メーカーは10年物で買い替えを薦めた。出張サービスで見てもらって修理しなければ出張費だけ請求される。幸い家には夫兼ハンディーマンがいるので彼の意見に従い修理してもらった。普通なら即買い替えとなるであろう。しかしこの洗濯機あと何年もつか、、甚だ不安である。

1月にテディが亡くなり、生活様式がガラッと変わった。

部屋に敷き詰められたマットを外し、庭へのアクセスブロックも段を減らした。花壇の柵もどんどん外し、テディ仕様はほとんど見えなくなった我が家。

テディと一緒に乗っていた車も手離し、老夫婦が遠乗りできる快適な車に買い替えた。

震災直後の工事だった太陽光パネル。東京電力の買取契約も10年で終了。来月からはぐんと買取額も下がる。充電器が有ればと思ったけれど、充電システムってめちゃくちゃ高いのね。

ちなみに今日は勝手口(死語?)駐車場のコンクリート塊の撤去工事をしてもらっている。かなり煩い。最初夫は自分でやる?なんて言ってたけど、この騒音何日も続いたら近所迷惑だ。

次におかしくなるのはエアコン?テレビか?電子レンジと炊飯器は買い替えているのでまずは安心?うーむ、昔はなかった便利家電。もうなくては生活できない私たち。恐怖だ。